MINDHACK:夏休み土曜洋画スペシャル劇場【前編】

※これはMINDHACK本編と全く何の関係もないB級映画です。

 

 

 

-VODKAdemo? presents-


 

 

 

日没を迎えた、とある日のことだった……

 

郊外のショッピングモールは、夜でも煌々と明かりを灯していた。天井からの眩いライトを背に浴びながら、ブラックサンシャインは、大ぶりのモンキーレンチを相手の鼻っ柱めがけて振り下ろした。一階エントランスホールの中央を陣取る巨大な屋内噴水は景気良く水飛沫を上げ、その水は鮮血に染まっていた。

 

ギャング集団ブラッディ・パエリアのヘッドである彼にとって暴力とは、海の水が塩辛いことと同じように、当然のものだった。それでもレンチを固く握りしめる彼の手には痛みが走った。身を守るためには仕方ないことだった。何故なら彼が訪れていた地元のショッピングモールは、今や……

 

 

「ア”ーーー」

「ウ”ア”ーーーーーー」

 

…………どこもかしこも、ゾンビの群れで溢れかえっていたからだ!!

 

 

「ふざけんじゃねェ! どうなってんだよ一体!!」

 

群れ、群れ、群れ、見渡す限りのゾンビの群れ!! 噴水の小高くなった縁に登ると、ゾンビたちが一斉に腕を伸ばして彼の姿を仰ぐ!

「ア”ア”ーーーー」

「うるせえ! ワカメみてぇにまとわりつきやがって!!」

噛みつこうとしたゾンビの顎にすかさずレンチの頭を突っ込み、その土手っ腹を蹴り飛ばす!!

「ウワ”ーーッ」

「俺はキングだ! つまり、王だ! 道を開けやがれ!!」

蹴られたゾンビが他のゾンビを巻き込みながら後ろへ倒れ込む!

「おらァ!!」

その隙に、ケンカパンチにケンカキック、都合よくその辺に落ちていた釘バットなどでゾンビたちを殴り倒していく!! 彼はエントランスホールを暴力で走り抜けるのだった!

 

「クソッ、誰か……誰もいねえのか!? まだ活きの良い奴は……!!」

彼は舎弟たちには内緒でここへ来てしまったことを後悔し、今日買いにきたペットウミウシ用おもちゃを諦めることにした。とてもペットショップが開店している雰囲気ではなさそうだ。まずは無事に外へ出て、ブラッディ・パエリアのアジトへ帰らなければならない。だが、一階の出入り口は外からやってくるゾンビの群れでとても使えそうにはない。そもそも、外の世界はまだ無事なのだろうか? あの居心地のいい、賑やかなマンションの一室は?

 

郊外のショッピングモールは、とにかく広大だ。そのだだっ広さといったら、野球とサッカーとフットボールの大会を同時に開催してもまだ客席と屋台を出す場所が余りそうなほどだ。どう逃げればいいのか見当もつかなかった。

ゾンビたちは腕を前に突き出しながら蠢いている。知性はかけらも感じられず、ただ物音に反応して動き回っているようだ。

噴水の横に二階へ繋がるらせん階段があることに気づき、彼はそれを駆け上がった。予想通り、階段の上は一階よりも比較的ゾンビ密度が落ち着いている。ゾンビたちからは既に、階段を登るほどの知性も失われているのだ。

「よし、ここはわりと無事そうだな……」

 

鋭い目つきであたりを見渡すと、吹き抜けのテラスの先は静かな家具売り場だった。

「へー、家具屋なのにウミウシ用品も売ってんだ。ケージとか餌入れとか」

何か武器になるものはないか棚をひとつひとつ覗いてまわると、なかなか品揃えが面白く、つい品物を見てしまう。

「お、軍手。そういやフジツボが要るっつってたな」

軍手を手に取り、ふと横を見る。

「ん?」

すると、目が合った。

何と?

 

 

 

「ウワーッ!!!!」

「ウワアアーーーッ!!!」

 

お互いの悲鳴でお互いが飛び上がった! なんと棚と棚の狭い隙間に、まるで棚のようにぴったりと人が収まっているではないか!

 

「ビ、ビビらせんじゃねえ! なんだお前は!」

「フ……なんだではない。私はイーヴリッグ、神の無機のキャビネット」

「何でこんなとこで空気椅子を!」

「有機の世界は終わる。私はここでこうして神に祈りを捧げているのだ」

 

空気椅子のポーズを続けようとする青年の胸元を見ると、彼の名札には『ヤマムラ』と書かれていた。どうやらこの家具屋の店員らしい。

 

「おお、孤独に佇むステンレスたわしよ。あなたは一人ではない。私と共にこの世の閉店セールを見届けよう。慈悲深き神の御業に全てを委ねるのだ……」

「冗談じゃねえ、俺はうちに帰んだよ! お前もこんなとこでクサってねえで逃げるぞ!」

「えっ? あっ、いや、ちょっと、待って、僕は、あの」

軍手を引っ掴んでズボンのポケットに突っ込むと、ブラックサンシャインはヤマムラの手を引いて走った!

「ア”ーーーーーーーッ」

「ウ”アーーーーーーッ」

彼らがあげた大きな悲鳴を聞きつけて、周囲のゾンビが集まってきたのだ!

「うわーッ!! ゾンビやだーッ! 気持ち悪ーッ!!」

前からも後ろからもゾンビ、ゾンビ、ゾンビの群れ!! 逃げ場がない!!

「おいヤマムラ、後ろの奴をなんとかしろ!!」

喧嘩慣れした太い腕のパンチとラリアットがゾンビを迎え撃つ!

「うわーっ!! うわうわーっ!! やだーっ!!」

情けない悲鳴を上げながら、ヤマムラは商品棚にかかっていたノコギリを握りしめ、やみくもに振り回した!

背中合わせに立ち、互いに目の前のゾンビを蹴散らすウニとヤマムラ!

「クソ! こいつら、生臭ぇんだよ! 酢で〆てから来いっての!」

「二人目ッ! 三人目ッ!! 四人目ッッ!! ……意外といけるかも」

しかしゾンビの数は時間をかければかけるほど倍に倍に増えていく! これではまるでヴァンパイア・サバイバー系ゲームの終盤ウェーブだ!

 

 

 

「いやーっ!! やっぱ無理!! 助けてーーーッ!!!! 神様ーーッ!!」

ヤマムラはゾンビの頭部に真っ直ぐノコギリを振り下ろし、悲鳴を上げる!

すると……

 

「ククク…………汝の音色を聞かせよ……!!」

それに呼応するかのように……地獄の底から呻くような、低くざらついた声が響いた……!!

 

「なんだ……!?」

 

ギャリギャリギャリギャリ……!!

家具屋と隣の寝具店の隙間にある廊下から、大きな黒い影が膝小僧でドリフトを決めながら躍り出た!!

 

 

フロッピーディスク読み取りドライブに手足をつけたような形状で、人間よりもふた周りほど大きめの……すごく簡単な造形のロボットだ! 両手に逆手で握ったナイフを鮮やかに振り回し、謎の簡単ロボットは周囲のゾンビたちを……紙吹雪でも作るように切り刻み、吹き飛ばしていく!!

 

「アッハハハ! 愉快愉快! 戦場より斬るものに困らぬわ!」

「ウ”ーーー」

「ア”ア”ーーー」

「フン。しかし、なんと醜く鈍い音色か。ゾンビとやらは奏で甲斐のない楽器よ。鳴かせる価値もない」

その場で踊るかのように回転し、簡単ロボはナイフを使って手当たり次第にゾンビをばらばらに解体!! 見る間に周囲のゾンビは激減!!

「おおーッ!! 見よ! あれを見よ!! あれを見よ!!」

その光景に、イーヴリッグのカルト狂気に満ちた目が爛々と輝いた!

「無機が! 有機を! 汚れた腐肉を!! あれこそが研ぎ澄まされたフードプロセッサの刃!! ああ、私は神の御業を讃えよう!!」

「おいヤマムラ、危ねえぞ」

「我が名はイーヴリッグ!! 神の忠実なる無機のキャビネット!!」

ウニの静止も聞かず、彼はロボットの前に飛び出して両手を広げ、叫ぶ!

「無機よ!! あなたは美しい!!」

「おお、生きてる人間」

ロボットは右手で獲物を捕らえ、左手でナイフの切先を素早くかざし、キャビネットの下側から喉元に突きつけた!

 

 

「ククク……我を満たすのは生を渇望する苦悶の喘ぎ……」

「ひゃーーーーーーーーーッッッッ!!!!」

「善いぞ。もっと喚け。汝の価値を叫べ!」

「イヤーーーーッッッッ!!!! やめてください!!!!」

あわやナイフの先っちょが喉元に刺さらん……

という、その瞬間……!

 

「こらーっ! シノちゃん、めっ! なのだ!」

突然簡単造形ロボがぴたりと静止し、コンピュータの内部機構から電力が失われる低い唸りが漏れた!

「グ……!」

「おあずけ!」

 

 

先ほどドリフトの跡がついた家具屋の角を、今度はより人に近い姿の二足歩行ロボットが、コツコツと足音を立てながらこちらへ近づいてくる。

「キミたち、無事でよかった! ワガハイは人間がだーい好きなCOM_Z博士。そっちは機械の身体を手に入れて大はしゃぎのシノちゃんなのだ」

「くっ……博士、小癪な……!」

「楽しかったみたいで何よりなのだ。シノロボを作ってあげた甲斐があったね!」

「アレあんたが作ったのかよ。とんでもねえな」

「驚かせちゃってごめんね」

「わ、わ、私は心を捨てた家具……怖かったとかそういうことは全然ない…………」

「ごめんねの域じゃねえだろ。こいつ泣いてんぞ」

簡単造形殺戮ロボの邪悪ぶりには、ギャングのキング・ブラックサンシャインといえどもドン引きだ。

 

とはいえ、シノロボによる大暴れのおかげで、一帯のゾンビと商品棚はすべて細切れになってしまった。周囲はすっかり静けさを取り戻している。

「とにかく……おかげでひとまず助かったぜ。ありがとな」

「ハ。結果的に汝らに手を貸してしまったようだが、我は破滅の代奏者。ゴミクズに礼を言われる筋合いなどない」

「シノちゃんは素直じゃないからこう言ってるけど、お礼を言われて喜んでいるのだ〜」

「博士、余計な口をきくな」

「よかったね、シノちゃん!」

「よくない」

静止したシノロボの腕からいつの間にか逃げ出したヤマムラは、COM_Zの姿を睨みながら不服そうにぶつぶつと呟いた。

「むむ……見た目は無機だが、神は心の存在を喜ばれない……こういうのはちょっと違う……」

「生存者がいて安心したのだ! この街はもうすっかりおしまいなのだ」

「そう、有機の世は終わる!!」

「でも大丈夫。キミたちのような生存者を助けるために、ワガハイが脱出用にヘリを手配しておいたのだ」

「えっ」

「マジかよ! 俺ら、助かるのか!?」

「ヘリはショッピングモールの屋上に来るはずだよ。さあ、屋上へ向かおう! ワガハイの後ろについてくるのだ!」

「博士、動力を戻せ。我を置き去りにするな」

「えっ、僕はこの暴力ロボと一緒はちょっと……」

「やったなヤマムラ!! 行こうぜ、屋上!!」

「え、いや、あの……」

一同は意気揚々と、ショッピングモールの屋上へ向かうために走りだした!!

 

 

 

To be continued…. (次週、後編へ続く)