MINDHACK:マインドハック会議運営委員のぼやき

【マインドハック協会 マインドハック会議運営委員のぼやき】

 

マインドハックは素晴らしい技術だ。
だが、マインドハッカーが素晴らしい人物かというと、わりとそうでもない。
私はそう思う。
(注釈:もちろん彼らは、消防士や警察官のように称賛されるべき職業だ)

マインドハック協会の人間なら……マインドハッカーに会ったことがあれば……とくに私のように、マインドハック会議の運営に関わることが一度でもあれば、大いに賛成してくれるだろう。

マインドハッカーというのは、みんな変人だ。
他人の精神に自分を『接続』して覗くなんて行為は、まるで角砂糖がコーヒーに飛び込むようなものだ。じっとしていればすぐに溶けてなくなってしまう。
そして一般の感性を持つ人間を角砂糖と例えるなら、彼らマインドハッカーは胡麻油か何かだと思う。コーヒーには溶けず、味も香りも癖が強く、触れた相手を自分の味で塗り変える。

『他人に共感しない』彼らは、マインドハックを行うにあたっては非常に優れた人材だ。しかし社会の秩序において、他人と溶け合わない人間の扱いは難しい。
悪人からバグを取り除き世界を凍結災害から救う一方で、彼らは先週が提出期限の書類をいっこうに出そうとしない。今年のマインドハック会議の開催は来週末に迫っているが、会議に使う書類も資料も例によってまだ来ない。
(注釈:たぶん当日朝になっても来ない)

おかげで私は今日、各マインドハック施設へ一件一件電話をかけて、口頭で書類の提出期限を念押しする羽目になった。
彼らの世話係もみんな苦労していることだろう。世話係たちは重々承知の上で、ひたすらに「今年も遅れてすみません、本人に言ってきかせますので」と電話口の向こうで申し訳なさそうに頭を下げる。彼らが私に詫びても何の意味もないし、私も申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、いつかマインドハッカーたちが『提出期限』という言葉の意味を理解する日まではどうしようもない。
(注釈:そもそも、警備隊やマインドハック施設の職員は本来彼らの世話係ではない。困ったものだ)

 

会議のあとの懇親会は例年、マインドハック協会本部に近いホテルの大ホールで行われている。この懇親会への出欠表が、提出されない書類の筆頭だ。
「それで、今年は何人前必要なのか、早めに教えていただけますか?」
今の時期、これが宴会の手配係からの時候の挨拶になる。

マインドハッカーたちは懇親会への出席を面倒だと嫌がるが、世話係が「一年に一回なんだからせめて顔を見せるだけでも」と粘って、なんとか引っ張り出している。
せっかくパーティーにきても挨拶をする気は全くないようだが、例年ホテルのロビーでは、パーティーから抜け出したマインドハッカーたちが勝手に集まって談笑している。
(注釈:去年は一体何を盛り上がっているのかと覗き込んだら、トランプで七並べをやっていた)
周囲の人間のことをセーターの糸くず程度にしか思っていないわりに、マインドハッカー同士では気が合うようだ。

いっぽうで、彼らが感情を表にさらけ出すことは少ない。他人から褒められても責められても、見かけにはいつも態度が変わらない。へらへらしているわけではないが、微笑んだときにも目は笑っていない。
実際には何を考えているかよくわからない、つかみどころがないというのが一番近い。

私は小さなマインドハッカー、つまり少年マインドハック大会の参加者たちのことも知っているが、子供も大人も同じだ。彼らの性質は似ている。子供の頃から大人びて、とても賢く、他人に対して常にどこか冷めて俯瞰するようなまなざしを向けている。
だが彼らはいくつになっても、無邪気な遊びやイタズラが大好きだ。大人のマインドハッカーにも、子供の頃のあどけなさや、若さからの好奇心、愛嬌と呼べるような性質はいつまでも残っているような気もする。
私にはそれさえも意図的に思える。
戦略的に愛嬌をまとった蝋人形とでも言えばいいだろうか。あるいは、人らしさの皮を被った機械?

機械と言えば、例のマインドハッカーに至っては、会議に来ることさえない。そう、FORMATを有するあの施設の「天才マインドハッカー」のことだ。専属の警備隊を持つほど厳重に保護されているのだから、実際に会いたいなら自分であちらへ赴くほかはないだろう。

FORMATのある施設に最も優れたマインドハッカーを配置するのは、理にかなっている。
最初にして最良のバグスキャナーであるFORMATは、唯一無二の処理速度を持つスーパーコンピュータだからだ。他の施設にあるスキャナーはFORMATの機能を再現した小規模装置で、あのような複雑な知能を持つには至らないし、スキャンの精度にもまだ改善の余地がある。
だから国や地域の垣根を越えて、手ごわいA・B級のバグ保有者の多くがあの施設に送られる。マインドハック技術の進歩に貢献するような、有益な知見も多いことだろう。
(注釈:すべてのA・B級保有者ではない。他の施設にももちろん優秀なマインドハッカーたちはいる。またどの施設でも、C級バグの保有者へのハックがほとんどを占めている)

私としては、ぜひあの「天才マインドハッカー」を会議に招き、その経験を本人の口から直接マインドハック協会全体に共有してもらいたいものだが…… あの施設がそういう期待に応えてくれるようなことはあまりない。
共有されるのは主に書類だし、その書類は大抵、肝心なところが黒塗りだ。ややこしいものの管轄の境をさまざまに越えるぶん、機密とするべき情報も多いようだ。
もう少しでも知見を分け与えてもらえれば、マインドハック会議の準備にも、より崇高な意義を見出せるようになるのだが。
(注釈:『夏休みの宿題を休み明け前日どころか休みが明けたあとに手を付けはじめるタイプの連中のために毎年保護者が頭を抱える会議』に改名したらどうだろうか)

(注釈2:述べておきたい事実として、「天才マインドハッカー」もまた、書類の提出期限は全く守らない。ロビーに集まる七並べ連中とも馬が合うだろうと思う)

マインドハックは素晴らしい技術だ。
しかしあのマインドハッカーたちは、自分たちの「面倒くさい」の傲慢が、遠くの誰かを悩ませていることに気づいているだろうか?
いや、彼らにとっては当然、他人のことなどどうでもいい。そういう人間たちだからこそ、相手の精神に呑まれずにマインドハックを行うことができるのだ。
つまり、私がマインドハック会議の運営委員である限り、私の悩みが消え去ることはない。
私は角砂糖の側の人間で、胡麻油とは決してわかりあえない。
ああ……まだ書類は来ない。
(注釈:どうせ当日朝まで来ない)
とりあえずコーヒーでも飲むか……