MINDHACK:あなたの破壊衝動はどこから?②

【あなたの破壊衝動はどこから?】

こんにちは。ホでヴです。絵を描いたり、お話や演出の細かいところにツッコミを入れたりしています。
紅狐さんもササンさんもとても真摯に対応してくれて頭が上がりません。地面へめり込む毎日です。

MINDHACKというゲームを作る上で欠かせないのが『バグ』という名の破壊衝動。
私自身、破壊衝動の持ち主であり、社会生活において苦しんできました。苦い思い出が沢山あります。
そんなどうしようもない感情の根源はどこから来たのか……
過去に潜ってみましょう。

遡るは小学生。低学年。
この世の薄暗さをまだ知らず、キラキラした純粋なる子供でした。
親の友達のおじさんに「ホでヴはアニメや漫画が好きだよね。じゃあ映画を見に行こう!」と誘われて喜々としてついていった先で見せられたのがイジー・トルンカの『手』(THE HAND)。
この作品は彼の遺作であり、社会主義国家へ向かっていたチェコスロヴァキアへの強い気持ちが込められた作品になります。
内容を要約すると、主人公が社会主義を象徴する「手」のキャラクターに翻弄され、身も心もボロボロになり、最終的に亡くなってしまうというもの。
(どんな作品か気になる方はぜひ『イジー・トルンカ 手』で調べてみてください。)

おじさん!!キラキラのアニメしか知らなかった私には刺激が強すぎたよ!!

そういう子供に「アニメが好きだよね」って言って見せるならもうちょっとこう……なんかあるだろ!!!

いやいやいや、大切なのは分かるんですよ。世界情勢とその真っ黒な歴史。いつかは知らなければなりません。
作品の趣向、意図については深く考えさせられました。
社会主義国家に向かいつつある国に対して警笛を鳴らす内容だとも受け止めております。
子供心にグッサリ刺さりまして、トラウマの経験となりました。そりゃそうだろ。

その傷は癒えることなく……化膿し……
すっかり人外を痛めつけるのが大好きな変態が仕上がりました。

なんでだよ。

そして、感性の方向性にトドメを刺された作品が『星のカービィ2』。
私はダークマターが大好きでした。でも、奴はラスボスです。倒さねばなりません。
『星のカービィ3』でも『星のカービィ64』でもダークマター族は倒さなければならない存在でした。

そう。私は「大好きなもの」を「おくたばりございませ」させなければならなかったのです。
(KOROしたいと言うと物騒なので全て「おくたばり」で表現させて頂きます)
その行動を何度も繰り返す内、「大好きなもの」を「おくたばらせたい」気持ちがどんどん大きくなっていきました。
私がキャラクターをバチボコに苦しめて、ブッおくたばらせるのは「そのキャラクターの事が大好きだから」なのです……

私は、表情も声もないのに考えていることや感情がビシビシ伝わってくる「無機質なキャラクター」に夢中になり、かつそれを精神的にも肉体的にもボコボコにする事が大好きな人間になってしまいました。
そいつの事が「憎い」からではありません。「愛しさ」故にです。

この感性は長く私を苦しめました。
でも、今こうして「その感性でもいい」と言って貰える環境ができて本当に幸せです。
紅狐さん、ササンさん、本当にありがとう。

しかし、そうとは言っても作品を作る上で大切に感じているのはキャラクターは私の欲を満たす道具ではない事。
彼らには人生があります。その生き様を無下にして、痛めつけるわけにはいきません。
痛みは、生きている先の道で出会う出来事の一つであって欲しい。
そこは大切にしていきたいと常に思っています。

ゲームにおいての破壊衝動は『人格のエラー』であり『あってはならないもの』でありますが、
作っている側は必ずしもそれを『悪いもの』だと捉えて作っているわけではありません。
少し歪んだその愛のカタチが存在してはいけない世界なら、どんなことになっていくのか?
その愛をぶつける事によって何が起こっていくのか?

これからもMINDHACKは更生対象たちを「愛して」いくでしょう。
プレイヤーのみなさんはその愛についてどう思われるでしょうか?

それではまた。